こんにちは、ゆうです。
今日は「境界知能と軽度知的障害の違い」というテーマでお話ししていきたいと思います。
この記事を読んでいる方は、この2つの言葉を検索されたり、「何が違うんだろう」「これってどういうことなのかな」と気になられている方かなと思っております。

境界知能と軽度知的障害って、言葉としてなんとなく似てますよね。ニュアンスもね。
で、実際問題、境界知能に該当する子と軽度知的障害に該当する子って、困りごとが結構似ていたりもします。
名前も似ている。特徴も似ている。じゃあ何が違うのか。今日はそこを解説していく回です。
結論を先に言っておくと、IQ70という1本の線があって、これを上回ると境界知能、下回ると軽度知的障害、という感じになります。
でもね、困りごとの中身はほとんど一緒なんですよ。
なので今日は、軽度知的障害の話というよりも、境界知能の方に焦点を当ててお話ししていければなと思っております。
境界知能と軽度知的障害、何が違うのか
境界知能はIQ70〜84。そして「診断名ではない」
まず境界知能に関しては、IQが70から84の範囲を指します。
そしてここがすごく重要なんですけど、境界知能は、病名でも障害名でも、診断名でもありません。
知的障害とも区分されないし、かといって定型発達とも言わない。
平均と知的障害のちょうど間、まさに「境界域」にいるんだよ、という意味の言葉ですね。
人口のおよそ14パーセント、35人学級だったらおおよそ5人が該当すると言われていますので、意外と珍しくないんです。
これを読んでいるお父さんお母さんが小学生だった頃にも、クラスに30人とか35人いたら、話すのは全然上手なんだけど勉強がすごくできない子って、多分いたと思うんですよね。
まさにそのタイプの子が、境界知能と言われる子供たちです。
喋ったり遊んだりするのは全然楽しくできる。ただ、勉強や特定の生活の場面で困りごとがある。
そういう状態が境界知能ですね。
軽度知的障害はIQ50〜70。こちらは「診断名」
対する軽度知的障害は、概ねIQが50から70で、あわせて生活面の困難が続いている場合に診断されるものです。
こちらは完全に診断名です。
で、診断名があると何がいいかというと、まず療育手帳の対象になるんですね。ここが多分すごく大きなポイントです。
特別支援学級は手帳がなくても入れるんですけど、手帳があると確実にそこが保障されやすい。
それから障害者雇用だったり、税の減免だったり、生きていく上でのサポートがいろいろ受けられます。
「良いこと」と言っていいのかわからないですけど、本人たちが生きやすくなるための仕組みがある、という感じですね。
ただ、ここで困ったことがあります。
境界知能の子は、困りごとは軽度知的障害の子と結構似ているのに、こういう支援の対象になりづらいんです。
その結果、本人は困り感を抱えながら、子供の頃も大人になっても生活していく。そういうことが多いのかなと思っております。
一言で言うんだったら、こういう整理です。
- IQの数値で線が引かれる。70以上なら境界知能、70未満なら軽度知的障害
- 軽度知的障害は診断名。境界知能は診断名ではない
- 結果として、療育手帳の対象になるのは軽度知的障害。境界知能はならない
IQが71でも68でも、教室で起きていることはほとんど変わらない
さて、ここが今日僕が一番伝えたいことです。
IQが71でも68でも、教室やお家で起きていることって、正直ほとんど変わらないんですよね。
- 宿題でつまずく
- 場の空気が読めずに孤立する
- 複数の指示で固まってしまう
まさにこんなところなんですけど、境界知能の子は、なんとなくうまく喋れるし、なんとなく問題も起こさない。
だから「君は大丈夫だね」と言われてしまう。
本人は困っているのに、「IQ的には問題ないから大丈夫だよ」と言われて、支援を受けられない。
公的な大きなサポートも受けられない。これが境界知能の一番つらいところなのかなと思います。
僕はいつも、IQという数字よりも適応行動を見てほしいと言っているんですけど、まさにここですね。
IQが71と68で大きく変わるのかと言ったら、多分大きくは変わらない。
でも、その線で引かれてしまう。
本人が困っているという事実は、線のどちら側にいても一緒なんです。
境界知能が見つかりにくいのは「見つかるタイミング」が違うから
じゃあ、なんで境界知能の子はほっとかれてしまうのか。もう少し深掘りしてみます。
まず一番最初に、境界知能と軽度知的障害では、見つかるタイミングが結構違うなと思っております。
軽度知的障害は幼児期に気づかれやすい
軽度知的障害は、3歳児健診や就学前の相談で、言葉の遅れや生活面の様子が指摘されやすいんですよね。
特に言葉の遅れは、療育の現場でもすごく大事な指標になります。
なので、早めに療育とつながりやすいという特徴があります。
境界知能の子は「幼児だからしょうがない」で通り過ぎる
一方で境界知能の子は、意外と言葉はうまく喋れたりします。
幼児期って、言葉と言ってもみんなそんなに差があるわけじゃないですよね。
5歳の子同士で、知っている言葉の数が何倍も違うかと言ったら、そういうわけでもない。
生活面についても、まだ幼児なので、周りから見ても「幼児だからしょうがないかな」で済んでしまう。
会話は成り立つし、行動もなんとなくできている。できないこともあるけど幼児だからしょうがないよね、くらいで、大きく外れていないわけです。
つまり、見た目は普通だから、就学前には表に出にくいんですね。
表に出にくいから、就学の時に支援を受けない。特別支援学級にも入らない。
で、小学校1年生・2年生のうちはまだ内容が簡単なので、なんとかなります。
小学校3・4年生で急につまずく「9歳の壁」
ところが、小学校3年生・4年生で急につまずくんですよ。
これね、僕自身が学習塾を運営しているからわかるんですけど、3・4年生の内容って、分数とか割合とか文章題とか、急に抽象的になるんです。
「9歳の壁」「10歳の壁」なんて言われますけど、3年生以降の勉強がまるでついていけない、という感じになりやすい。
境界知能の子は、特にこの傾向が強いなと感じています。
授業中に「何を言っているかわからない」という困り感を抱えているんだけど、今までずっと普通の学級で生活してきたから、担任の先生もあまり気づかない。
それに、周りに合わせる「カモフラージュ」の癖がついていたりもするので、なんとなく過ぎ去ってしまうんですね。
「もしかしたら」と思ってくれる先生なら早めに拾い上げてくれるんですけど、そうじゃない先生だと、なかなか気づかれない。
「努力が足りない」と誤解されて、自分を責めてしまう
その結果、何が起こるかというと、「努力が足りない」と受け取られてしまうことがすごく多いんです。
幼少期から発達の特性がはっきりしている子の場合は、逆に「ここまでよく頑張ってきたね」と言われることの方が多いんですよね。
でもそれって、ハンディキャップが見えているからこそ、そう言ってもらえるわけです。
境界知能の子は、ちょっと悲しいことに、周りから「普通」に見られてしまう。
だから「努力が足りない」「勉強してない」と言われてしまうんですね。
でも、ちょっと想像してみてほしいんです。
急に、全然知らない外国語で書かれた教科書を渡されて「勉強しろ」と言われても、無理じゃないですか。
何が書いてあるかわからないわけですから。
境界知能の子が感じているのは、それに近い状態なんです。
何を言っているか、何が書いてあるかよくわからない状況で「努力しろ」と言われても、努力の仕方も、質問の仕方もわからない。
止まっている時間も、本人は一生懸命考えているんですよ。でも周りからはサボっているように見えてしまう。
そうやって「自分はダメなんだ」「自分はダメなんだ」となっていく。
境界知能の子は、自分のことを責める傾向がより強いかなと思っております。
ここで一つ、知っておいてほしい数字があります。
通常の学級には、学習面に困難がある児童が8.8パーセントくらい、つまり12人に1人くらいいると言われている時代です。
そして、そのうちの大体4割は、支援を全く受けられていないと言われています。
教室の中で確実に1人2人は見逃されている、そんな状態なのかなと思っております。
こういう子たちは、言葉だけで言われてもわからない。でも絵に描いてもらったり、動画で見たりすればわかるかもしれない。
テキストの文字だけ、概念的な説明だけだとわからないから、やっぱりそういう支援を受けた方が間違いなくいいわけですよね。
見逃されたまま大きくなると起こること
見逃されたままの子供たちも、何かきっかけがあって見つかってくれればいいんです。
でも本当に見つからないまま大人になって、仕事を始めて、急に仕事ができなくて、メンタルをやられて二次障害のようになる。
そういうことがあるかなと思っております。
これは大人になる前にも結構起こります。
気分の落ち込みや不安が強くなったり、年齢が上がるほど今までなんとかなっていたことの無理が効かなくなって、「学校に行きたくない」「もう無理だ」と思ってしまう。
これは特に境界知能の子に多いかなと思っております。
ここで思い出してほしいのが、問題行動はSOSという視点です。
「学校に行きたくない」は氷山の一角で、水面の下には、ずっと積み重なってきた「わからない」「できない」「自分はダメだ」が沈んでいるんですね。
一番大事なのは自己肯定感
だから僕は、知的に課題がある子のお父さんお母さんによく言うんですけど、一番大事なのは自己肯定感なんですよね。
いろんな経験をさせてあげることも大事です。
でもそれ以上に、「僕はできる」「私はできる」「頑張ったな」という良い気持ちをたくさん積んであげること。
ここが崩れてしまうと、「どうせ」という気持ちになって、物事に対して悲観的になる。
悲観的になるからより病んでいく。そのループに入ってしまいます。
知的に課題がある子は、物事を抽象的に見て解決策を考えることが難しい。境界知能の子も一緒です。
だからこそ、周りからの称賛やサポートがすごく重要で、それが自己肯定感を保つ土台になるのかなと思います。
特に幼少期は、たくさん褒めてあげてほしいなと思っております。
誰のせいでもない。今気づいたことが大事
ここまで読んでわかるように、境界知能の子がほっとかれているのは、誰かのせいじゃないんですよね。
本当に、誰のせいでもないんです。
- 診断名がないから、支援の対象外になりやすい
- 見た目が普通だから、気づかれにくい
- なんとなく周りに合わせられるから、気づかれにくい
それに本人が一生懸命な姿を見せることもあって、日本ってそういう姿に弱い人が多いじゃないですか。
「勉強はできないけど、すごく頑張っているから」と。
でも本人からしたら、頑張りを認めてもらえるのは嬉しいかもしれないけど、本当に見てほしいのは「自分が抱えている問題を解決してほしい」というところなんだと思うんです。
ここまで読んで、「気づいてあげられなかった」「昔の自分の子のことを思い出して申し訳ない」と思った方もいるかもしれません。
でも大事なのは、今それに気づいたということです。
時間は取り返せないけれど、ここから先の時間はまだまだ作れるわけですから。
今わかったから、じゃあわかった上でどうするのか。ここが僕はすごく重要なのかなと思っております。
数字より生活を見る。3つのチェックポイント
じゃあ、何を見て、どこへ行くか。ここからは具体的なアドバイスです。
まず一つ目。境界知能でも知的障害でもギフテッドでも全部そうなんですけど、数字よりも、生活を見てほしいんですね。
IQの数字はあくまで指標で、結構変わったりもします。
一番大事なのは、生活のどこで困っているか。ここです。
実は最近の知的障害の診断の仕方も、IQだけじゃなくて、学び・人との関わり・暮らしを見て、そこに困りごとがあるかどうかで最終的に判断されるんですよ。
なので、IQの数値が境界域にあったとしても、今から言う3つで困りごとがあるなら、専門家に相談してみてほしいなと思います。
診断を受け入れるかどうかは別として、まず教育や支援につながることが重要かなと思っております。
チェック①:学びで困っていないか
シンプルに、勉強がうまくできていますか、というところです。
高学年になると勉強は難しくなってくるんですけど、目安として100点満点のテストで50点くらい取れているなら、まあまあ問題ないのかなという感じはします。
一方で、境界域の子や知的に課題がある子の場合、その学年の勉強が0点とか3点とか10点以下、ということが結構頻発します。
読み書き計算、時間の感覚、抽象的に考える力。こういう勉強の面で困りごとがあるかないかを、ちゃんと確認することが重要です。
家での確認の仕方としては、宿題に異常に時間がかかる。宿題をしている姿をお父さんお母さんに絶対見られないようにする。
そうやって隠すようになってきた場合、本人は結構困りごとを抱えているパターンが多いかなと思います。
チェック②:人との関わりで困っていないか
相手の気持ちを察する、ルールを理解する、気持ちを立て直す力。ここは学校の先生に聞いてみるのがすごく大事です。
本人が「うまくいかなかった」という話をたくさんするなら、この部分に課題があるかもしれません。
例えば、皮肉や冗談を額面通りに受け取りすぎてしまう。
友達同士の笑い合いの中で「バカだなあ」と言われただけなのに、本気で「バカと言われた」と受け取って、すごく傷ついてしまう。
逆に、悪気はないのに指摘しすぎてしまう。
ちょっと太っている人に「太ってるね」と言ってしまって、トラブルになったり孤立したり。
気持ちの切り替えに時間がかかる、というのもそうですね。
本人は一生懸命なんだけど、人との関わりがなんかうまくいっていないよね。そういう時は相談してみてもいいのかなと思います。
幼少期はまだ守られた環境なので、友達が多いか少ないかという話ではないんですけど、そこは確認しておく必要があるかなと思います。
チェック③:暮らしを回す力で困っていないか
最後は、身の回りのこと、お金、時間、段取りです。
「着替えて、歯を磨いて、ハンカチを入れて」のように指示された時に、それを遂行できるかどうか。ここがすごく重要かなと思っております。
暮らしの中でルーティン化されていれば大体できるんですけど、お父さんお母さんが何も言わなかったら歯も磨かない。
- お金が全然計算できない
- 時間がよくわからない
- 一人でやらせると、学校にも間に合わない
こういうことがたくさんある場合には、知的に課題があるか、もしくは違う障害の可能性もありますので、チェックポイントかなと思っております。
何にせよ、この3つを確認して、IQの数値が高かったとしても、困りごとがあるなら誰かに相談してみる。
これがすごく大事なのかなと思っております。
IQの数字は1回で決まらない。診断がつかなくても相談していい
もう一つ知っておいてほしいのが、知的検査の数字は一生そのままなのかというと、そういうわけじゃないんです。
2年から3年の間に10ポイント以上動く子が、おおよそ4人に1人いるという報告があります。
つまり、小学校に上がる前の発達検査では72だったのに、2年生や3年生になったら68になっている、というパターンですね。
そうなると、本人が困りごとを抱えている場合には、いろんなサポートが受けられるようになります。
逆のパターンもあります。
就学時には68くらいで軽度知的障害と言われ、いろんな療育を受けた結果、72になった。
困りごとは多分そんなに大きく変わっていないのに、「支援は打ち切りです」となってしまったら、すごく困りますよね。
なので、この数字だけで判断されないように、経過や時間軸も含めて、「過去にこういうことがあったから困っている」という話を病院の先生にしていく必要があるのかなと思います。
学校の先生にも、「お家ではこんな困りごとがあるんです」と話した方がいいのかなと僕は思います。
診断がついていなくても、相談していい
そして最後に覚えていてほしいのが、診断がついていなくても、相談していいんだよということです。
境界知能で診断名がついていなくても、いろんなところに相談できます。
それに、概ね75までを軽度とする自治体も結構あるんですね。富山市もたしかそうだったかなと思うんですけど。
数値でバスッと切るわけじゃなくて、状況を見て「療育が必要ですよね」と言われるパターンもあります。
なので、困りごとがあったら、何の気なしに、いろんな人に相談してほしいなと思っております。
家でできること:本人ではなく、周りの仕組みを変える
お家でできることとしては、本人を頑張って変えようとするんじゃなくて、周りの仕組みを変えていく。
ここをやってほしいなと思っております。
- 口で伝える指示を減らして、手順書やチェックリストを作る
- 一つ終わってから、次を伝える
結構ほんのちょっとのことなんですけど、こういうことを繰り返すと本人の生活の質が上がっていって、結果論として問題が少なくなる。
そういうこともありますので、仕組みを整える。ここが大事だなと思っております。

まとめ:境界知能かなと思ったら、ほっとかないで相談を
境界知能と軽度知的障害には、今日お話ししたような違いがあります。
- IQ70の線で分かれる
- 診断名があるか、ないか
- 療育手帳の対象になるか、ならないか
でも、困りごとの中身はほとんど一緒です。
「境界知能かな」と思った場合には、迷わずまずは相談してみてほしい。
それで診断がつかなかったとしても、困りごとがあるということを理解した上で、やれることをまずやっていく。ここが大事なのかなと思っております。
数値は確かにそうなんだけど、本人の困りが大きい場合には支援を受けられるパターンが最近は増えてきたなと思っています。
なので、ほっとかないでね。やれることを少しずつやっていってほしいなと思っております。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
また次の記事でお会いしましょう。皆様、良きライフを!

