こんにちは、ゆうです。
今日は「知的障害と学習障害の違い」というテーマについて、お話ししていきたいと思います。
ゆう先生必要な方はメモなどを取りながら見てね!



分からないことがあればインスタでDMください。
「宿題が進まない」「テストでなかなか点が取れない」という姿を見ると、知的障害なのか、学習障害なのか、気になることがありますよね。
今回は、主に軽度の知的障害と学習障害の違いを、学習でのつまずきと支援の考え方から整理していきます。
動画では、学習全体のペースがゆっくりな子の関連する話題として、境界知能についても触れています。


僕がまずお伝えしたいのは、同じ「勉強が難しい」でも、どこで困っているのかによって、合う手助けは変わるということです。
名前を決めることを急ぐより、その子が何に力を使っているのか、一緒に考えていきましょう。
知的障害と学習障害は、つまずきの広がり方に違いがある
学習の場面から見ると、知的障害のある子は、考える、判断する、覚えるといった理解の土台が、全体的にゆっくりであることがあります。
そのため、国語だけ、算数だけというより、複数の教科にわたって学びにくさが見えてくることがあるんですね。
一方、学習障害は、基本的には全般的な知的発達の遅れはないものの、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論する力の一つ、あるいは複数に著しい難しさがある状態を指します。
例えば、お話の内容は理解できるのに、教科書を読むところでつまずく。
口で答えれば分かっているのに、ノートに書く作業になると急に難しくなる。
そんなふうに、理解していることと、学習の作業として表せることに差がある場合があるんですよ。
ただし、教科の得意・苦手だけで診断を決められるわけではありません。
ここでは、その子の困り方を整理するための視点として受け取っていただけたらと思います。
どちらも「頑張ればできるはず」と誤解されやすい
知的障害と学習障害では、難しさの理由に違いがあります。
でも、外から見えるのは、宿題が終わらない、テストの答えを書けない、という似た姿だったりするんですね。
普段は真面目で、一生懸命取り組んでいる子ほど、「この子なら、もう少し頑張れるはず」と期待されてしまうことがあります。



頑張っているのに、つらかったのかな…。
僕も見ていて思うのですが、周りからは何とかできているように見えても、本人の内側では、すでにぎりぎりの力を使っていることがあるんですよ。
学年が上がって学ぶことが複雑になると、その負担が表に出てくる場合もあります。
「できないのは、やる気がないから」と決めつけないことが大切です。
宿題の手が止まる姿も、本人からのSOSかもしれないと受け止めて、困っている理由を探してみてください。
もっと頑張らせる前に、内容、量、やり方のどこを整えたら取り組みやすくなるのかを考えていきたいですね。
目に見えない関係が増えると、理解が難しくなることがある
全体の理解がゆっくりな子を見ていると、目の前の具体的なものは分かっていても、頭の中で関係を整理する問題になると、つまずくことがあります。
例えば、リンゴが三つ、ミカンが二つあって、「合わせて何個?」なら答えられる。
でも、「二つの数の差は?」と聞かれると、何を考えたらいいのか分からなくなることがあるんですね。
分数や割合、長い文章の読み取り、理由を書く問題などでも、こうした難しさが見えることがあります。
一方、漢字や計算など、繰り返すことで覚えていける内容もあります。
僕自身、漢字検定や算数検定に向けた学習を見てきて、その子に合う段階で積み重ねることの大切さを感じてきました。
「知的な課題があるから覚えられない」と決めつける必要はないんですよ。
生活の中でも、長い指示や複数の用事を一度に伝えたときに、途中が抜けてしまうことがあります。
その場合は、まず一つずつ伝えたり、目で確かめられる形にしたりして、どこまで分かっているかを見ていきたいですね。
読む・書く作業だけで、力を使い切っていることもある
学習障害のある子では、苦手な作業そのものに大きな力を使って、内容を考える余裕がなくなることがあります。
例えば、読むことが苦手な子が、一文字ずつ拾うように音読している場面です。
文字を声にすることに精いっぱいで、読み終わったときには、最初に何が書いてあったか思い出しにくい。
そういう状態だと、文章の意味を理解する力があっても、読む作業が入り口の壁になってしまうんですね。



読めたかだけでなく、中身も聞いてみようかな。
書くことが苦手な子なら、字の形を整えることや、マスの中に収めることに時間がかかる場合もあります。
計算についても、ほかの学習と比べて、特に大きな難しさが出ていることがあります。
ただ、一つの様子だけを見て「これは学習障害だ」とは決めないでほしいなと思います。
苦手な作業と、内容を理解する力を分けて見ると、必要な支援が見えやすくなります。
家庭では「どこから難しくなるか」を具体的に残そう
お父さん、お母さんに見ていただきたいのは、「勉強ができない」という大きな評価よりも、どの場面で手が止まるかということです。
読む、書く、計算する中で特に負担の大きいものがあるのか、複数の教科の内容理解でつまずいているのかを見てみてください。
読んでもらうと分かるのか、口でなら答えられるのか、具体的なものを使うと考えやすくなるのか。
そんな小さな違いが、学校や専門家に相談するときの手がかりになります。
本人に「何が難しい?」「どんなときなら分かりやすい?」と聞いてみることも大切ですね。
うまく言葉にできないこともあるので、答え方だけで理解力を判断せず、取り組んでいる様子と合わせて見ていきます。
検査の全体の数字だけでは、得意な力と苦手な力の違いが見えにくいこともあります。
いろいろな困りごとが重なっている場合もあるので、診断名は専門家に確認しながら、まずは具体的な様子を共有していきたいなと思います。
理解のペースがゆっくりなら、小さな階段を作る
全体的な理解がゆっくりな子には、学ぶ中身と量を、今の本人に合わせることが大切です。
階段で例えるなら、大人には一段に見えるところも、もっと細かな段に分けてあげる感覚ですね。
足し算がまだ難しいのに、次々と新しい内容へ進んでしまうと、本人はどこから分からなくなったのかも整理しづらくなります。
今できることを確かめて、少し先の課題に取り組み、また振り返る。
具体物を動かしたり、カードや写真で手順を見たりしながら、頭の中だけで考えなくても確かめられる場面を増やしていきます。



小さな一段なら、一緒に積み重ねられそう。
僕も以前は、「頑張れば、もっとできる」と期待をかけすぎていたところがありました。
今は、その子のペースを見ながら、毎日取り組める分を淡々と積み上げることが大事かなと思っています。
大きな期待を一度に背負わせるより、その子が分かる小さな一段を用意していきたいですね。
学習障害では、学ぶ内容と学び方を分けて考える
学習障害のある子には、苦手な作業を支える道具や方法を考えていきます。
読むことが負担なら音声読み上げを使う、板書を写すことが難しいならプリントやタブレットを活用する、といった方法ですね。
計算機や時間の調整なども、何を学び、何を確かめる場面なのかに合わせて、学校と相談していくことになります。
ただ、学習障害だから、今の学年の内容が必ずそのまま分かる、と決めつけるのも違うかなと思います。
支援がないまま学びにくい期間が続いていたら、それまでの内容を振り返る必要もあるからです。
アプリが先へ進んでいても、本人が本当に分かっているかは、別に確認していきたいですね。



道具を使ったあと、分かったかも確かめよう。
僕も学習塾を始めた頃、とりあえずドリルをやっていけば何とかなる、と思っていたことがあります。
でも、苦手な作業を大量に繰り返すだけでは、つらさが増えてしまう場合もあるんですよ。
反復することと、合わないやり方で量だけを増やすことは、分けて考えてほしいなと思います。


まとめ:その子に合う内容と方法で、学びを続けよう
知的障害と学習障害では、学びにくさの背景や広がり方に違いがあります。
でも、どちらも、ただ頑張らせれば解決するものとして見ないことが大切です。
今の本人に合う内容と、力を発揮しやすい方法を選ぶことが、学びを支える出発点になります。
どこで困るのか、何があれば分かりやすくなるのかを具体的にして、学校や専門家と共有してみてください。
お父さん、お母さんだけで抱え込まず、本人が無理なく積み重ねられる学び方を、一緒に考えていけたらと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
また次の記事でお会いしましょう。皆様、良きライフを!


