こんにちは、ゆうです。
今日は「境界知能に配慮が当たり前になる世界」というテーマでお話ししていきたいと思います。
ゆう先生必要な方はメモなどを取りながら見てね!



分からないことがあればインスタでDMください。
僕の記事は基本的に「この障害には、こういう関わり方がいいですよ」という教育的な内容が多いんですね。
ただ今日は、少しだけ未来の話をしてみたいなと思っています。
境界知能というものが、これから先どうなっていくのか。歴史の話というか、物語のような話として聞いてもらえると嬉しいです。


結論から言うと、境界知能には今、ほとんど配慮がありません。発達グレーゾーンも同じかもしれません。
でも、それは「見えなかったから」なんですよ。そして、見えるようになったものは、この国では変わってきた。今日はそんなお話です。
境界知能とは?100人中84番目、1クラスに5〜6人
まずはおさらいからいきますね。
IQは平均が100です。境界知能というのは、IQが85からおおむね70くらいまでの子どもたちのことを指しています。
同じ年齢の子が100人いたら、上から数えて84番目あたり。下から数えると16番目くらいの位置ですね。
ちなみに知的障害は、全体で見るとおよそ2%、100人なら98番目くらいの位置になります。
つまり境界知能の子は、84番目から98番目の間にいる子たち。支援を受けない子と、支援を受けられる子の、ちょうど間に位置する子どもたちです。
だから療育手帳の対象になることもあれば、ならないこともある。学校で本当は配慮してもらいたいのに、特に配慮はされない。
はっきり知的障害と分かっている場合はサポートが多い分、本人が楽になる部分もあるんですけど、境界知能の場合は「自分で頑張ってね」という世の中になっているのが現状なんですね。
救いの手がなくて、苦しい思いをしている子が多い。まずここを知ってほしいなと思います。
1クラスに5〜6人。左利きやAB型より多い
数字で言うと、1クラスが35人だったとして、境界知能の子は5人から6人いる計算になります。
これがどれくらいの比率かというと、左利きの人がクラスの中で10%くらいと言われているので、それより多いんですよね。
血液型のAB型も確か10%くらいなので、実はAB型より境界知能の子の方が多いんですよ。
「そういえばAB型の子、教室にいたな」「左利きの子もいたな」と思い出してもらえると分かると思うんですけど、それより多い子どもが教室の中にいる。
つまり、境界知能はかなりありふれた存在なんです。どのクラスにも必ず一定数いる。
なのに、その子たちには配慮もない。診断名がないことでメリットになる部分もあるかもしれないけど、デメリットになる部分もある。
普通にそこにいるんだけど、配慮の対象にも入らない。かといって、自分一人で頑張るのかというと、できないこともある。
本当に苦しいところにいる。でも、当たり前に存在している子たちなんです。
困りが見えてくるのは、小学校の中学年から
僕の所感としては、低学年くらいでも片鱗は見えているなと感じています。
ただ、やっぱり中学年くらいからですね。算数が難しくなったり、理科や社会が入ってきたりして、勉強が複雑になってくる。
国語も、今までは簡単な関係性の文章だったのが、もっと複雑になってくる。
つまり、目に見えないものを頭の中で考える勉強が増えてくるんですよ。ここに対応するのが難しくなる子が多いかなと思います。
本人は一生懸命、必死にやっている。でも答えがほとんど間違っている、ということも起きてしまう。
すると、今まではできていたので、お父さんお母さんから見ると「急にできなくなった」「怠けているんじゃないか」と見えてしまうんですね。



急に成績が落ちて…。うちの子、サボってるだけなのかな?
実際に、怠けているような行動をするときもあるんですよ。
でも本人の心の中に立ってみると、「隠したい」「バカにされたくない」という気持ちがあるわけです。人間誰しもありますよね。
だから勉強している姿をあまり見せないようにしたり、家ではさっとやって終わりにしちゃったりする。
僕はこれを、怠けではなく本人からのSOSとして見ています。劣等感から来ている行動なんですね。
いろんなことは分かっているんだけど、こと勉強においてはうまくできない。しかも、本当なら配慮してもらえるはずのところで、周りに合わせて自分だけレベルを上げ続けないといけない。
自己肯定感が低くなっている子は、すごく多いという印象があります。
見えなかったから、配慮が生まれなかった
境界知能がクラスの中にありふれた存在だということは、分かってもらえたと思います。
でも、教科書も教室も、世の中のいろんなものはクラスの真ん中の子に合わせて作られているんですね。ここがすごく重要です。
そこから大きく外れている子には支援がある。でも、ちょっと外れているだけの子は「当たり前に合わせなさい」というのが今の世の中なんですよ。
本人の目線に立ってみると、頑張っても頑張っても、なんだか報われない。そういう気持ちになってくるところがあるのかなと思います。
で、診断名がつけられない。これは適当につけていいものではなくて、IQの数値などをもとに決めていくことは、僕はすごく重要だと思っています。
ただ、診断名がつかないと当事者団体も作りづらい。人によって幅もある。
そうなると、学校も社会も、この子たちに気づけないんです。しかも本人たちは、ちょっと頑張れちゃう。頑張っちゃうんですよね。
周りは「この子は頑張り屋だな」と評価はする。でも「この子に合わせていろんなことをやってあげよう」までは、なかなかいかない。
見えなかったから、配慮が生まれなかった。これが今日いちばん伝えたいことです。
周りの人も社会も、この子たちを苦しめようと思っていたわけではまったくない。でも現実として、そういう仕組みができあがってしまった。
僕らが区切りを作った結果、そこからこぼれる人たちが一定数出てきてしまった。誰のせいでもないけれど、困りごとを抱えやすい世の中になっている。ここが重要かなと思っています。
食物アレルギーは、表示が義務になって変わった
さて、ここからが本題かもしれません。「見えるようになったものは変わってきた」という話です。
発達グレーゾーンという言葉が言われ始めたのは、ここ5年、長く見ても10年くらいの話じゃないかなと思います。
見られるようになってから、世の中はどんどん変わっていくんですよ。事例をいくつか紹介しますね。
まず、食物アレルギー。
僕は幸い食物アレルギーはなくて、アレルギー検査を受けてみたら、引っかかったのはスギやヒノキの花粉くらいでした。
で、この食物アレルギーって、見た目では分かりませんよね。境界知能とまったく同じです。
昔は、加工食品の中に何が入っているのか、買う側が確かめる方法がほとんどなかったらしいんですね。
自分で確かめなきゃいけなかった時代。困っている人はたくさんいたはずなんです。でも、社会の側からは見えなかった。
今みたいにネットもないから、伝える手段も、情報をもらう手段もない。だからお店も学校も、合わせようがなかった。ここが今の境界知能とよく似ているかなと思います。
それが2001年、加工食品へのアレルギー表示が義務になりました。卵、牛乳、小麦などの表示が始まって、2023年にはくるみが加わりました。



給食の献立表に表示があるだけで、すごく安心できるんですよね。
「これは食べていい、これはダメ」が明確になった。それだけで、アレルギーのある人は明らかに過ごしやすくなったと思うんですよ。
見えなかったものが表示されて、見えるようになった。だから社会が合わせられるようになった。これが言いたいことです。
発達障害も、20年前は法律に名前がなかった
もう一つの事例が、発達障害そのものです。
今でこそ多くの方が知る言葉になりましたが、これも最近の話なんですね。
今の50代、60代より上の世代は、発達障害と診断されていない方が多いんじゃないかなと思います。
でも、その頃に発達障害の人がいなかったわけではない。特性はあったんです。そこにあったんだけど、名前がつけられていなかったから分からなかった。
発達障害という言葉が法律に書かれたのは2005年の発達障害者支援法から。2007年に特別支援教育がすべての学校で始まりました。
ここから、発達障害の人たちを助けていこうという力がどんどん強まってきた時期なんですね。
文部科学省の調査では、通常学級で発達障害の可能性がある子は、2012年の6.5%から、10年後には8.8%になりました。
数字だけ見ると小さく見えるかもしれませんが、1%、2%の差というのは、人数にするとものすごく大きな差です。
法律ができて、みんなが知るようになって、ルールが決まった結果、見つけられやすくなった。
困りごとを抱えた子にうまく対応できる先生って、昔からいたと思うんですよ。でも「そうなのかもしれない、そうじゃないかもしれない」と悩んでいたところが、法律ができて、特別支援学級ができて、気づけるようになった。声を上げやすくなった。



たしかに、僕らの子どもの頃は「発達障害」なんて言葉、聞かなかったな。
そして2016年に障害者差別解消法で合理的配慮が求められるようになり、2024年4月から合理的配慮が義務化されました。
合理的配慮というのは、学校やお店が、来る人に対して「必要な配慮はしてくださいね」というものです。無理な対応をしろというわけではなく、できることはしてあげてね、という感じですね。
たとえば学校で、大きな支障がないならイヤーマフをつけていいよ、といった形です。
ここまで来るのに、何十年もかかっているんですね。見つかってから、タイムラグがある。少し先の未来になって初めて、その人たちをサポートする何かができてくる。
この法律も完璧ではないと思います。言葉でバシッと決めすぎて、逆にグレーゾーンができてしまう部分もあるかもしれない。
それでも、知られるようになったから言いやすくなったし、言いやすくなったおかげでサポートは受けやすくなった。僕はそう感じています。
名前がつけられたものは、ちょっとずつ浸透していく。これが僕らの世の中で、けっこう重要なことかなと思っています。
車いすとヘルプマーク。人数が少なくても、社会は変わる
あと2つ、触れておきますね。
車いすです。1994年に建物のハートビル法ができて、2000年に駅やバスの交通バリアフリー法、2006年に両方をまとめたバリアフリー法ができました。
今、病院や役所にスロープや多目的トイレがあるのは当たり前ですよね。でもこれは、この30年間の積み重ねでやっとできてきたものなんです。30年前には、ほとんどなかったんですよ。
車いすを使う人は、人口の1%から2%と言われています。全体で見たら、たった1〜2%です。
でも、その人たちが生きやすいように、社会はちゃんと変化した。
「少ないから変えられない」ではないんです。まだ完璧ではないけれど、前よりは良くなった世界になっている。ここがすごく重要かなと思います。
最後にヘルプマーク。
正直、僕は最初に見たとき、障害に関するマークだとまったく思わなくて、医療系のおしゃれなマークかなと思っちゃいました。この業界に入ってから知ったんですね。
ヘルプマークは2012年に東京都が作ったものだそうです。内部障害や難病など、見た目で分からない困りごとに赤い印をつけて、本人が伝えられなくてもみんなが分かるようにしよう、という発想ですね。
2021年には、全国すべての都道府県で配布されるようになりました。
始まりは、一人の母親の声だったと聞いています。詳しくは調べきれていないんですけど、誰かが困っていて、その困りごとを解決するために世の中が動いた。名前がついて、浸透していった。
ここまでの4つの事例には、共通の流れがあります。
- まず、見つからなかったものが「見つかる」
- 本人や家族以外の人にも「認知される」
- 社会全体で「どうにかしよう」という機運が高まる
境界知能は、まだ「名前がつく手前」にいます。法律にも書かれていないし、診断名がないと受けられない支援があるのも事実です。
でも、発達障害も20年前は同じ場所にいました。境界知能も同じ流れになるんじゃないかなと、僕は思っています。
今は支援を受ける手前にいるかもしれない。でも、この日本社会は、ちょっとずつ進歩していく。
社会が変わるのを待たずに、親が今できる3つのこと
とはいえ「じゃあ自分は今どうすればいいの」となりますよね。社会が変わりきるのを待っていたら、子どもの時間に間に合わない。
① 合う場所を選ぶ
これがいちばん大事です。
僕もいろんな勉強の方法を試してきましたが、最終的には環境の力がすごく大きいんですよ。IQの数字より、どこで誰と過ごすかで伸び方が変わる。
繊細な子の近くに、なんでもズバズバ言う子がいたら、どんな気持ちになるか。分かりやすいですよね。
引っ越しのような大きな変更ができるならやってみる価値は高いと思いますが、難しいお家も多いと思います。
その場合は、ゆっくり積み上げられる塾。自分で地道に少しずつやるタイプの塾は、僕はすごくいいなと思っています。
ただ、軽度知的障害に近い子ほど、一人ではできなくて気持ちが崩れやすいので、サポートがないと難しい場合は1対1の個別指導がいいかなと思います。人数が少ない環境の方がいいですね。
あと、得意が習える習い事。水泳でも体操でもバスケでもサッカーでもいい。本人が得意だなと思うことは、どんどんやってほしいです。
境界知能の子は、つらい環境の中で頑張るのが難しい。だから、周りに気を使いながら、周りと比較しながら、という環境ではなく、精神的な頑張りを求められない場所で頑張らせるのがいちばんかなと思います。
② 学校には、一つだけ頼む
診断をもらっていないことも多いので、「一つだけ頼む」がすごく大事かなと思っています。
「予定が変わると不安になるので、前もって教えてもらえますか」「授業中に1回でいいので声をかけてもらえますか」。こういう形です。
困っているときに自分から言い出せない子は、高学年になるほど増えます。先生の方から声をかけてもらえる環境を作るために、お父さんお母さんから一言伝えてもらえるといいかなと思います。
③ 得意を探す
伸びた子は、合う場所で得意を見つけた子です。どこまで行っても、最終的には得意がこの子たちの将来を支えてくれると、最近は強く思っています。
僕は苦手なことにも挑戦させるんですよ。でもそれは、一度経験しておけば避け方も分かる、というレクリエーションのようなもの。そつなくこなして終わりでいい。
ただそれは、専門家の僕が一緒にいるからできること。「一人で逆境に立ち向かえ」を境界知能や発達グレーの子にやらせると、みんな苦しみます。



これなら僕、もっとやりたい!
できないことではなく、できることを探して、続けていく。その中で、気持ちや体を育てていってほしいなと思っています。


まとめ:見えたものは、変わっていく
境界知能は1クラスに5〜6人。ありふれた存在なのに配慮がなかったのは、診断名がなく、見た目でも分からず、社会から見えなかったからです。
でも、食物アレルギーの表示も、発達障害の法律も、バリアフリーも、ヘルプマークも、見えるようになったものはこの国で変わってきました。
境界知能は今、その手前にいます。だから待たずに、合う場所を選び、学校に一つだけ頼み、得意を探す。
環境を整えながら、本人の気持ちに寄り添っていけば、未来は必ず本人たちへの配慮に近づいていく。僕はそう思っています。
今日はいつもより少し熱が入ってしまいましたが、先の未来に多少期待しながら、一緒にやっていきましょう。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
また次の記事でお会いしましょう。皆様よき療育ライフを。


