【重要】甘やかしと配慮のちがい。発達障害の子どもとの関わり方について解説

    当ページのリンクには広告が含まれています。

    こんにちは、ゆうです。

    今日は「甘やかしと配慮の違い」というテーマでお話ししていきたいと思います。

    昨今は合理的配慮というものが、学校や会社で「必ずしてくださいね」と言われるようになってきましたよね。

    じゃあこの「配慮」って何なのか。

    特に保護者の方の中には、「これって甘やかしじゃないか」という迷いで悩んでいる方もいるんじゃないかなと思うわけですよ。

    結論を先に言うと、甘やかしと配慮には境目があります。

    そして発達障害のあるお子さんを育てている場合には、この「配慮」をしっかりやっていけた方がいい。

    今日はその境目を、できる限り明確に分けていきたいと思います。

    目次

    甘やかしの正体は「回避」

    まず定義付けからいきましょう。

    僕自身、児童発達支援も学習支援もやっていて、この線引きは自分の中では結構ちゃんとしているんですけど、傍から見ると分かりづらいところがあるんですよ。

    甘やかしの正体って何なのか。いろいろ考えた結果、やっぱり「回避」なのかなと思っております。

    不快感や失敗、努力の負担を子供に経験させない。この回避が主な目的になっている状態ですね。

    子供が「嫌だ」「やりたくない」「行きたくない」と言うこと、いろいろあるじゃないですか。

    そのときに「子供がダダをこねるから、もうこれやめとこう」となるのは、マインドとしては回避、つまり甘やかしに近いのかなと思っております。

    ただ、ここで大事なことを言わせてください。

    子供が嫌な顔をしたら嫌な気持ちになるし、「どうにかしてあげたい」「この苦しみを取ってあげたい」と思うこと自体は、すごく大事なんですよね。

    問題は、その結果どうなるのか。

    回避ばかりが続くと、乗り越えようとする意欲がなかなか湧かなくなって、自立が難しくなってきたりするんです。

    配慮の正体は「自立への足場」

    逆に、配慮って何なのか。

    実は表面的には甘やかしと一緒に見えるんですけど、配慮の正体は「自立への足場」なんですよ。

    合理的配慮もそうなんですけど、子供の障壁を取り除いて、自分の力でできるようになることを支えていく。これが目標なんです。

    甘やかしちゃうと、子供は「自分一人じゃできない」と思ってしまう。

    配慮は違います。「どう工夫したら、この子が自分でもできそうだなと思えるか」を考えた上で関わっていく。

    だから、配慮であれば道具を使っても何をしてもいいんですよ。

    それがパッと見「甘え」に見えるときもあるかもしれない。でも大事なのは、親御さんや支援者のメンタリティです。

    この子を成長させるためにやっているのか、それとも今の状況を回避するためにやっているのか。

    ここが分かれ目です。

    甘やかしと配慮を分ける3つの軸

    もう少し明確に分けると、分かれ目は3つあります。

    • 目的:回避か、自立か
    • 主体:大人の先回りか、子供と一緒に考える対話か
    • 結果:無力感で終わるか、自己効力感で終わるか

    1つ目の「目的」は、さっきお話しした通りです。

    2つ目の「主体」。大人が全部やっちゃう、大人の考えで子供を動かそうとしちゃう。これはある意味、甘やかしなのかなと思っております。

    逆に、子供と一緒に考える。これ、正直大変ですよね。

    特に言語化がうまくできなかったり、感情のコントロールが難しかったりするお子さんだと、なかなかうまくいかないこともあると思います。

    でも、ここを頑張って子供と一緒に考えていく。それがある意味「子育て」とも言えるかなと思います。

    3つ目の「結果」。無力感は「自分は何をしても意味がない」と思ってしまうこと。自己効力感は「自分だったらできるな」と思えることです。

    配慮すれば自己効力感が育っていくし、甘やかしちゃうと無力感が育っていく。

    自分でできることが増えると、子供って目がキラキラ輝くし、どんどん自分で進もうとするわけですよ。

    迷ったときの判断軸:「嫌がるからやらせない」で終わっていないか

    ここまで聞いても、「あれ、自分はどっちなんだろう」と分からない方もいると思うんですよ。

    そんなときの判断軸がこれです。

    「嫌がるからやらせないでおこう」で思考が終了していたら回避。「どう整えれば自分でできるかな」と環境に目が向いていたら配慮。

    やらせるか、やらせないかの二択じゃないんです。

    取り組める条件を整える。これが配慮なんですよね。

    何かあったときに「これは甘えかな、配慮かな」と自分に問いかけてみてください。

    「嫌がるからただやらせないでおこう」と考えていたら、甘やかしに近づいているかもしれないから気をつけよう。

    「この後どうしようか考えている」なら、それは配慮に近い。そういう判断軸を持ってほしいなと思っております。

    なぜ発達障害の子は「甘えさせ方」の効き方が違うのか

    で、ここからが第二章です。

    一つ言いたいのは、定型発達の子の子育て本に書いてあることと、発達的なデコボコがある子の子育ての方法は、ちょっと違うときがあるということ。

    僕はよく脳のOSに例えるんですけど、WindowsとMacくらい、脳の仕組みの前提が違うことがあるんですよね。同じ操作をしても、同じ結果になるとは限らない。

    定型発達の子:甘えは「安全基地」になる

    定型発達の子は、甘えさせることが安全基地になるんですね。

    この土台があるから、人を信じられるようになったり、人の意図がなんとなく分かるようになったりする。

    しっかり甘えさせてあげることで、他者の意図を読む力や行動を切り替える力が、自然に育っていくわけです。

    だから定型発達の子は、甘えが必要な時期はしっかり甘えさせて、それと同時にルールも覚えさせていく。これで結構、思っているように育ってくれる感覚があります。

    発達障害の子:曖昧さが混乱の元になる

    ただ、ここからが大事です。

    発達障害の子、特に自閉スペクトラムの子の場合、甘えさせ方に曖昧さが出てくると混乱の元になるんです。

    「今日はいいよ」「今日はダメ」というギャップに混乱しちゃう。

    こだわりや切り替えの難しさ、抑制の弱さがあるから、一度免除されると「それでいいんだ」と思い込んでしまって、後から理解し直すことが難しいんですね。

    大人の気分でルールを崩しちゃうと、本人の中にある世界の規則性が壊れて、その後なかなか安定しないということも起こってきます。

    だから、甘えさせてもいいんだけど、甘えさせるラインを決めておく。これがすごく重要なのかなと思います。

    「何でもいいよ」は、本人がいろんなことを学ぶきっかけを摘み取ってしまうことになるんです。

    判断の軸は「学べているか」

    ここでも軸が大事です。

    「甘やかしているか否か」を精神論だけで考えるんじゃなくて、その関わりで子供が必要な行動を学べているかで判断するといいのかなと思っております。

    学ぶためのファーストステップとして、甘えさせる時期も、手助けしてあげる時期も必要かもしれない。

    でも一番大事なのは、その後に自立してできているかどうか。

    感情的に叱るわけでもなく、疲れて放置するわけでもなく、できていないことを静かに短く具体的に伝えて、正しくできた瞬間にすかさず褒める。

    この学習プロセスを守って、配慮しながら本人を成長させていく目線が重要なのかなと思っております。

    過保護と過干渉:親が「甘えている」状態

    最近よく出てくる言葉に、過保護過干渉がありますよね。

    これは本人の自立が難しくなったり、メンタルが安定しなくなったりする可能性が高いので、特に覚えてほしいところです。

    過保護:望むことをやりすぎる

    過保護は、子供が望んでいることをやりすぎる関わりです。

    幼児のうちならいいんだけど、高学年くらいになっても「うちの子は」と言って先にやってあげちゃうとか、子供に話しかけているのに親御さんが全部代弁しちゃうとか。結構あるわけですよ。

    古くは安心感を与えるものとして肯定的に見られてきたこともあります。定型的な子の場合は「お母さんやりすぎだよ」と子供の側が言えるから、いい塩梅になるのかもしれません。

    でも現代の学習理論では、過度の先回りは不安からの回避行動を強化すると言われております。

    「自分じゃできない」と思っちゃうわけですね。子供の「自分で頑張ろう」という気持ちを摘み取ってしまう。

    ただ、本人が本当に疲れているときに先にやってあげる。それはむしろ配慮です。

    「今日は本当に疲れているからやってあげる」は全然あり。何から何まで全部やるのがなし、ということですね。

    過干渉:望まないことをやりすぎる

    実は過保護よりダメージが大きいのが、こっちの過干渉です。

    過干渉は、子供が望んでいないことをやりすぎる関わり。親の不安や世間の目を基準に、子供の意思を無視して行動を強制・支配してしまう状態を指します。

    長期的には自分らしさの確立を妨げて、他者の評価ばかり気にする行動につながるとされています。

    たとえば、子供が一生懸命何かやっているときに「そんなのやる意味ないよ」と言っちゃう。

    自閉傾向や多動傾向のある子って、好きなものにハマりがちじゃないですか。そこに「やめなさい」「こっちをやりなさい」と被せていく。服のこだわりに「こっちじゃなきゃダメ」と被せていく。

    この支配的な関わりと発達障害の子は、特に相性が悪いんです。反発が起きたり、自分自身がなくなっていったりする。

    主役は子供、親は伴走者

    まとめると、過保護も過干渉も、何をしているかというと親が子供の現状に甘えている状態なんですね。

    これ、グサッとくる人もいるかもしれません。

    「これ以上やると自分の方も耐えられない」という内側の気持ちがあって、どうしても言うことを聞かせたくなっちゃう。やってしまう。

    それが全部悪いとは言わないです。状況によってはそういう気持ちも当然あります。

    でも、子供の人生の主は子供です。

    配慮とは、どこまで行っても自分が主になるんじゃなくて、子供が主役になることなんです。

    親は脇役として、近くでサポートするイメージですね。

    これは課題の分離という考え方なんですけど、子供のできないことは子供が解決する課題。勉強がうまくいかないことを全部親がやっちゃうと、それは親の課題になっちゃう。

    本当は子供の課題なので、できれば子供にやらせましょうね、ということを覚えておくのが重要かなと思っております。

    甘やかしにしない技術:スモールステップとフェードアウト

    ここまで、ちょっと怖がらせるようなことも言ってきました。

    「自分こんなことしてたな」とグサッときた人もいるかもしれない。

    でも、それを今日受け止めたことがすごく重要で、そこから人は変われるんですね。

    じゃあ、甘やかしにしない技術ってどんなものがあるのか。最後にお話しします。

    ①スモールステップに分解する

    甘やかしの大きなパターンとして、「これやっといてね」と言うと子供ができない、ということが起こります。

    それは、その課題がその子には大きすぎるんですよね。

    「できないからやらない」で終わらせたら、配慮とは言えず甘やかしになってしまう。

    正しい配慮は、まず課題を明確にする。服が着られない、お風呂に入れない、勉強ができない。それをゴール設定して、階段式に組み直すんです。これを課題分析なんて言います。

    たとえば「お風呂に一人で入れない」なら、まずはお湯に手で触れるところからスタートしてみよう。腕だけ自分で洗ってみよう。

    「今日、腕だけ洗えたね。じゃあ次は足いってみようか」「次は背中、最後に頭」みたいな感じで、ちょっとずつちょっとずつ進めていく。

    本当にちっちゃなレベルでいいんです。筋トレと一緒で、毎日同じ時間に同じようにやっていくことが一番大事です。

    ②フェードアウトを最初から計画する

    特に幼少期は、最初は手伝ってあげる部分があっていいんです。

    ただ、そこにフェードアウトの計画が組み込まれているかどうかがすごく大事。

    100%全部やってあげる状態から、80、50、30、ゼロと、ちょっとずつ減らしていくことを念頭に置いておく。

    ゲームのレベルアップみたいな感じで、徐々にレベルを上げていくのが自立に近づくかなと思いますし、それこそが配慮と言えるかなと思っております。

    ③二次障害を予防する目線を持つ

    そして、配慮の最も大きな意義は二次障害の予防かなと思っております。

    失敗体験や無理解、怒られた経験が積み重なりすぎると、うつ傾向や不登校といった状態になりやすくなります。

    そういうときは「でも、これはできてるよ」と伝えたり、10段階のうち4段階まで頑張って、そこでうまくいかなかったら1段か2段下げて、子供ができるレベルまで落としてあげる。

    助けの量は、ずっとゼロとかずっと100とかじゃなくて、状況に合わせて変えていっていい。

    今100%の力が出せるなら助ける必要はないけど、50%しか出せないなら50%は親が肩代わりしてあげる。そんなイメージです。

    心のエネルギーが枯れないように、投げっぱなしにせず伴走していく。近くにいてあげて、状況に合わせて強弱を変えていくことがすごく重要なのかなと思っております。

    「甘やかし」と周りに言われたときは

    最後に一つ。傍から見ると「甘やかしだ」と言われることも、もしかしたらあるかもしれません。

    特にお母さんが、おじいちゃんおばあちゃんから「甘やかしすぎ」「もっとちゃんとすればいいのに」と言われて傷ついちゃう方、結構いるんです。

    でも、それは発達特性のことを知らない意見なんだと割り切ってください。

    自分がやっているのは根拠のある支援プログラムだと、ちゃんと割り切っていいんですよ。

    自分自身が根拠を知っているか、計画を立てているか。ここがすごく大事です。

    周りからの意見は、状況をよく理解していないことの方が多い。意見として受け止めることは必要だけど、全部受け止める必要はないかなと思います。

    そして、一人だけで頑張っていると孤立したり、気持ちを話せる場所がなくて疲れちゃったりします。

    休む時間もそうですし、誰かと話す時間をできる限り設けてほしいなと思っております。

    「今の自分はこれで合ってますかね」と客観的な意見をもらいながら、親御さん自身も成長していく。それがすごく重要なのかなと思います。

    まとめ:成長のためのアクションか、回避のためのアクションか

    甘やかしと配慮って、正直ちょっと難しいんですよね。パッと見、傍からはよく分からないときもあります。

    でも大事なのは、子供を成長させるためにやっているアクションなのか、今の状況を回避するためにやっているアクションなのか。

    ここで全然違ってくるのかなと思います。

    親のマインドセットがすごく重要だし、そのマインドセットに子供をうまく乗せていく。これを覚えておいてほしいなと思っております。

    もし今日の話がグサッときた方がいても、自分を責めないでください。受け止めたところから、人は変われます。

    最後まで読んでくださってありがとうございます。

    また次の記事でお会いしましょう。皆様よき療育ライフを。

    ゆう先生
    相談支援員・児童発達支援員
    富山県富山市で児童発達支援、学習支援、相談支援などを行なっています。またYouTubeやInstagramなどでも療育のアレコレを発信中。
    目次