ASD(自閉スペクトラム症)の“文字通り解釈”とコミュニケーション支援の具体策
はい、こんにちは。ゆうです。
僕は、富山県富山市で児童発達支援施設の指導員として活動している、現役の職員です。
このブログ(YouTube)では、発達障害や子育てに関する現場のリアルな情報や、保護者の方の気持ちが少しでも軽くなるような考え方を発信しています。
さて、本日の記事は、「ASD(自閉スペクトラム症)のお子さんとのコミュニケーション」についてです。
お子さんとの会話で、「言葉はちゃんと話せるのに、なぜか話が噛み合わないな…」「こちらの意図がうまく伝わっていない気がする」
「会話のキャッチボールが続かない」と感じたことはありませんか?
それは、言葉が話せないからではなく、お互いの「言葉の意味」や「伝え方」の前提が異なっているからかもしれません。
今日は、ASDのお子さんが抱えやすいコミュニケーションの困難さと、そのすれ違いを減らすための具体的な方法について解説していきます。
なぜ? ASDの子どもと話が噛み合わない理由
言葉が話せるのにコミュニケーションがうまく取れない。その背景には、ASD特有の「認知特性」が関係しています。
① 言葉を「文字通り」に解釈してしまう
ASDのお子さんとの会話で一番大きな壁となるのが、この言葉を文字通り(辞書の定義通り)に受け取りやすいという特性です。
例えば、動画でも例に出しましたが、ダジャレで「布団が吹っ飛んだ」と言うと、本気で「え!?布団が空を飛んでいったの?」と思ってしまうようなイメージですね。
定型発達の人たちが日常的に使う、言葉の裏の意味を読み取る必要がある表現がとても苦手なんです。
- 比喩(ひゆ)表現
- 皮肉(「すごいねー(棒読み)」など)
- 冗談
- 社交辞令(「今度ご飯でも」など)
こういった表現は、言葉そのものの意味(文字)と、話し手の意図(感情)が一致していません。ASDのお子さんは、この「文脈で補完する」という作業が難しく、言葉をそのまま受け取って混乱したり、言葉通りに受け取って「バカにされた」と傷ついてしまったりすることがあります。

ゆう先生の補足解説:暗黙知(あんもくち)と「空気を読む」こと
私たちの会話は、「言わなくても分かるよね」という「暗黙知(あんもくち)」や「社会的な合意」の上に成り立っています。これを俗に「空気を読む」と言いますよね。
ですが、ASDのお子さんにとって、この「暗黙のルール」は非常に負荷が高い作業です。なぜなら、そのルールはどこにも明記されておらず、表情や声色、その場の雰囲気といった曖昧な情報から推測しなければならないからです。
そのため、「冗談だよ」「これは社交辞令で、本心ではこう思ってるよ」と、言葉で丁寧に解説してあげることで、彼らも安心してコミュニケーションを取れるようになります。
② 「曖昧(あいまい)さ」がとても苦手
文字通りの解釈と関連して、「曖昧な表現」も非常に苦手です。
はっきり言われれば分かることでも、ぼかされると途端に分からなくなってしまいます。
例えば、
- 「適当に片付けといて」→(適当って、どのくらい? どこまでやればいいの?)
- 「もうすぐ終わるよ」→(もうすぐって、あと何分? 5分? 10分?)
- 「ちゃんとやりなさい」→(ちゃんとって、どういう状態のこと?)
こうした曖昧な言葉は、見通しが持てず、強い不安や混乱の種になります。どうすればいいか分からず、結果的にフリーズしてしまったり、細部(適当って何だろう…)ばかりをぐるぐる考えてしまったりするんです。
会話のキャッチボールが難しいのはなぜ?
言葉の意味だけでなく、「会話のキャッチボール」そのものが続かない、という悩みもよく聞きます。これもいくつかの要因が関係しています。
③ 実行機能の課題(頭の中での整理が苦手)
会話というのは、実はものすごく高度なマルチタスクです。
相手の話を聞きながら、その内容を理解し、自分の言いたいことを考え、順番を待って、適切な言葉で発言する…という作業を同時に行っています。
ASDのお子さんは、こうした物事を順序立てて整理したり、計画したりする「実行機能」に課題を抱えていることが多いです。

ゆう先生の補足解説:実行機能(じっこうきのう)とは?
「実行機能」とは、脳の司令塔のような働きで、目標を達成するために必要な一連の能力を指します。
- 計画:物事の順序を立てる。
- 整理:情報をまとめ、整理整頓する。
- 切り替え:一つのことから次のことへ、思考や行動をスムーズに切り替える。
- 衝動抑制:思ったことをすぐに口にしたり、行動したりするのを我慢する。
ASDのお子さんは、これらの機能(特に「整理」や「切り替え」)が苦手な傾向があり、頭の中がごちゃごちゃになりやすいんです。
そのため、会話の軸(今なんの話をしているか)が急に飛んでしまったり、自分の話したいことだけを一方的に話し続けてしまったりすることがあります。
④ 非言語的サイン(表情・声色)の読み取りが困難
会話は、言葉だけで成り立っているわけではありません。相手の表情、身振り手振り、声のトーンといった「非言語的なサイン」も非常に重要です。
ASDのお子さんは、この非言語情報を読み取ったり、逆に自分が発信したりするのが苦手な場合があります。
例えば、楽しそうに話していても表情が平坦で楽しさが伝わりにくい(抑揚がない)、といったことです。
お母さんたちがやりがちな一番良くない例が、「怒っているのに『怒ってない』と言う」ことです。
表情(怒り)と言葉(怒ってない)が矛盾していると、ASDのお子さんは言葉の方を文字通りに受け取ってしまい、「怒ってないなら、この行動を続けてもいいんだ」と学習してしまいます。
そして、後で「あの時お母さん怒ってたでしょ!」と爆発されても、本人からすると「???」となってしまい、コミュニケーションがどんどんこじれていくんです。
⑤ 「心の理論」の発達の違い(他者視点)
相手の立場に立って、「相手は今、どう思っているだろう?」と推測する能力を「心の理論」と言います。
ASDのお子さんは、この心の理論を習得するまでに、定型発達のお子さんよりも時間がかかると言われています。

ゆう先生の補足解説:心の理論(こころのりろん)とは?
「心の理論(Theory of Mind)」とは、自分には自分の心があるように、他人にも他人独自の心(考え、意図、感情)があることを理解し、それを推測する能力のことです。
定型発達の子どもは、成長とともに「雰囲気」や「なんとなく」でこれを直感的に習得していきます。
一方、ASDのお子さんは、これを直感で掴むのが苦手です。その代わり、「こういう時は、相手はこう思うものだ」ということを、勉強のように「知識」として論理的に蓄積していくことで、相手の気持ちを理解できるようになっていきます。
だから、時間がかかるんです。ちっちゃい頃に「このおじさんハゲてる」と悪気なく言ってしまうのも、それが相手を傷つけるという「知識」がまだないからです。
責めるのではなく、「そう言われると、相手は悲しい気持ちになるんだよ」と、その都度「教えてあげる」ことが、彼らの心の理論を育てることにつながります。
⑥ 自分の感情の言語化も難しい
相手の気持ちだけでなく、自分自身の内側から湧き出てくる感情を、うまく認識して言葉にするのも苦手な場合があります。
本当はすごくイライラしてムカムカしているのに、その身体的な感覚と「イライラ」という感情のラベルが結びつかず、うまく言語化できない。
結果として、パニックや行動で示してしまうこともあります。
大前提:「二重共感の問題」という視点
ここまでASDのお子さんの「苦手さ」ばかりを話してきましたが、僕が今日一番強く伝えたいのは、ここからです。
コミュニケーションのすれ違いは、決してASDのお子さん「だけ」が悪いわけではない、ということです。

ゆう先生の補足解説:二重共感の問題(Double Empathy Problem)
これは、英国の研究者ダミアン・ミルトン氏が提唱した非常に重要な概念です。
コミュニケーションのすれ違いは、「ASDの人が共感できない」という一方的な問題なのではなく、「定型発達者」と「ASD者」とで、世界を経験し理解する方法(脳のOS)が根本的に異なるために生じる、「相互的(お互い様)」な共感の困難さである、という考え方です。
つまり、「親の心が子に伝わらない」のと同じくらい、「子の心も親に伝わっていない」のです。お互いが「なんで分かってくれないの!」と思い合っている状態なんですね。
例えるなら、定型発達の会話が「イラスト風」で、曖
昧さを許容しつつ全体像で話すのに対し、ASDの会話は「写実的」で、細部まで正確に描写しようとする、といった違いがあります。
どちらが良い悪いではなく、スタイルが違うんです。
この「お互い様のズレがあるんだ」という視点を持つことが、すれ違いを減らす第一歩になります。
すれ違いを減らすための具体的な支援策
では、この「OSの違い」を理解した上で、僕たちはどうすればいいのでしょうか。
① 言葉の調整(具体的・肯定的・視覚的)
まずは、僕たち定型発達側が「翻訳」してあげる努力が有効です。
- 曖昧な言葉を避ける:「ちゃんと」「適当に」「あとで」は使わず、「(おもちゃを)箱に入れる」「(タイマーが鳴る)5分まで」と具体的に伝えます。
- 肯定的な言葉に置き換える:「走っちゃダメ!」(否定)ではなく、「歩こうね」(肯定)と、してほしい行動をそのまま伝えます。
- 視覚化する:ASDのお子さんは、耳で聞くより目で見る方が理解しやすいことが多いです。ジェスチャーを使ったり、紙に「1. 〇〇する 2. 〇〇する」と書いて見せる(視覚化)ことは、実行機能の負担を減らす上でも非常に有効です。
② 環境の調整(構造化)
言葉だけでなく、環境を整えることも大切です。
- 日課の構造化:ホワイトボードなどに1日のスケジュールを書いて貼り出し、見通しを持たせることで不安を減らします。
- 感覚刺激の調整:テレビの音がうるさすぎないか、部屋がごちゃごちゃして視覚的な刺激が多すぎないかなど、本人が会話に集中できる環境を整えます。
③ SST(ソーシャルスキルトレーニング)で実践練習
「心の理論」は知識として学ぶことができる、とお話ししました。そのための具体的な練習がSST(ソーシャルスキルトレーニング)です。
ご家庭や療育施設で、具体的な場面を想定した「ロールプレイ(役割演技)」を行います。
- 挨拶の練習
- 順番待ちの練習
- 相手の表情を見て気持ちを当てる練習
こういった実践的な学習を通して、「こういう時は、こうすればいいんだ」というコミュニケーションの「引き出し」を増やしてあげるんです。
④ 自己理解を深めるサポート
最後に、お子さん自身が「自分の得意なこと・苦手なこと」を理解するサポートも大切です。
「あなたはこういう特性があるから、こういう工夫をするとうまくいくよ」と、本人に合った「説明書」を一緒に作っていくイメージですね。
自分の特性を理解できると、自分から周りに「自分はこうしてほしい」と伝えられるようにもなっていきます。
まとめ
今日の話を振り返ります。
- ASDのお子さんと「話が噛み合わない」主な理由は、①言葉を「文字通り」に解釈する、②「曖昧な表現」が苦手、という特性があるからです。
- また、会話のキャッチボールには、③「実行機能」の課題、④「非言語サイン」の読み取り困難、⑤「心の理論」の発達の時間差、⑥「自己感情」の言語化の難しさ、といった複数の要因が関係しています。
- しかし、これはASDの子だけが悪いのではなく、定型発達者とのOSの違いによる「二重共感の問題(お互い様のズレ)」です。この視点を持ち、具体的な言葉を選び、視覚化やSSTなどで「翻訳」し「練習」していくことが、すれ違いを減らす鍵となります。
結論:読者へのメッセージ
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
会話は本当に難しいですが、その背景にある「脳のOSの違い」や「本人が感じている世界」を想像してみることで、保護者の方の気持ちも少し変わってくるかもしれません。
すぐにうまくはいかなくても、長い目線で、一つ一つの「分からない」を「分かる」に変えていくお手伝いをしていくことが大事なんだなと、僕も現場で日々感じています。
今日の話が、この記事を読んでくださった保護者の方や当事者の方にとって、何かしらの「行動のきっかけ」になったり、見てくださった方の「気持ちが少しでも軽くなる」ことに繋గれば、僕もとても嬉しいです。

